興徳寺の紹介

興徳寺の紹介

北海道東部の太平洋岸に位置する釧路市は、釧路総合振興局の所在地として東北海道における政治、経済、文化の中心的な役割を担っています。現在の釧路市は平成十七年に釧路市と阿寒町と音別町が合併して発足した人口二十万人余りを数える新生の釧路市であり、その市域は、合併協議から離脱した白糠町を両側から挟むような飛び地の形となっています。
臨海部には大規模な製紙工場や製薬工場などの工場地帯を擁し、国内屈指の魚の水揚げ量と共に道東における港湾物流の要でもある釧路港や、道東唯一の定期国際便が就航する釧路空港など充実した都市機能を有する一方、「釧路湿原国立公園」と「阿寒国立公園」をはじめとする雄大な自然に恵まれた町でもあり、特別天然記念物の「タンチョウヅル」や阿寒湖の「マリモ」といった世界的にも貴重な地域資源が豊富にあります。また、春から夏にかけて市内を覆う海霧が釧路の風物詩となっていますが、霧が収まる秋以降になると澄んだ空気に夕日が美しく映え、特に観光名所の幣舞(ぬさまい)橋から望む夕陽は国内随一と言われるほどの絶景ポイントとして知られています。
かつての釧路は基幹産業の一つとして石炭鉱業が非常に盛んでした。産出量のピーク時にあった昭和60年頃には人口が22万人に達しましたが、エネルギー革命により次第に減産の一途を辿り、街の人口も減少する中、平成14年には釧路の炭鉱業を牽引した太平洋炭礦が80年の歴史に幕を下ろします。 その後、事業を引き継いだ釧路コールマインという会社が、現在も国内唯一の営業採炭を続けており、原発問題などで国のエネルギー政策が混迷する昨今、「黒いダイヤ」への関心が高まりつつある中、釧路が再び活性化することが期待されています。さらに、2年後の完成を目指している北海道横断自動車道(道東自動車道)が開通すれば、物流機能の飛躍的な向上により、釧路の発展に大きく貢献するものと見込まれています。
この道東の最大の都市・釧路の地にあって、日蓮大聖人の正法正義を受持信行する信徒の帰命依止の道場として建立された総本山大石寺の末寺が正円山興徳寺である。

| 住所 | 北海道釧路市文苑3丁目41番1号 |
| 創立 | 昭和33(1958)年9月10日 |
| 寺宝 | 日達上人御本尊 一体 昭和51年11月7日本堂安置 |
| ※その他、日淳上人・日顕上人の御本尊五幅収蔵 | |
| 開基 | 総本山第65世日淳上人 |
| 現住職 | 二代住職 小口寛道師 |
縁起・沿革
興徳寺は道東初の日蓮正宗寺院として、根室本線・釧路駅から直線で約1キロの距離にある花園町という市街地に創建されました。当初は約250坪の境内と50畳の本堂、そして庫裡が2間という規模でした。
昭和38年には、太平洋の水平線を一望できる景勝の地に370基を擁する墓園(興徳寺専用墓地)が開園され、さらに庫裡の2階に3間が増築されるなど機能の充実が図られたものの、次第に建物の狭隘と老朽化が顕著となり、さらに駐車場の確保も急務とされるなか、創建地より2・5キロほど離れた釧路川畔の愛国の地(後に文苑と地名変更)に約430坪を取得し、一部二階鉄筋コンクリート建ての堂々たる堂宇が新築となり、同52年7月21日に総本山第66世御法主日達上人の大導師のもと、興徳寺移転新築落慶入仏法要が盛大に奉修されました。
建物の概要は、本堂が内陣20畳を含む120畳の広さから成り、約30畳のロビーを挟んで8畳2間の控室が設けられ、他にも1階には応接間と庫裡3間が配置されています。また2階は、客間など5部屋の間取りとなっています。
このように当寺は、地域広布の法城として着実に発展し続けていましたが、いわゆる正信会問題の渦中で初代住職(山本量道)が総本山に反目して寺院を蟠踞(ばんきょ)する事態となり、同56年には市内緑ヶ岡に大石寺出張所・法珠院(平成9年に法珠寺と寺号公称)が建立されることになります。しかし、その後自称正信会僧侶の死去により全国に先駆けて返還される運びとなり、同59年3月に現御住職の小口寛道御尊師が第2代として就任されました。(初代は除歴) 現御住職は、寺檀和合と寺域の拡充に尽力され、特に境内は当初の3倍以上にもなる1500坪にまで拡張されますが、平成12年の釧路市文苑区画整理事業により道路整備等の名目で境内の半分以上が供出対象となり、その対応が迫られるなか、新たに3000坪を取得できたことで、現在の2200坪の広大な境内地を確保するに至りました。
また就任以来、創立記念の節目ごとに様々な事業を実施して来られ、まず30周年に当たる同63年に墓地内の総合整備を行ない、広大な敷地を有する造園事業も数年がかりで遂行されました。また40周年には、御宝前をはじめ本堂内陣の全体を欅(けやき)を基調とした和風様式へと改築し、さらにシャンデリア調の憧旛(どうばん)で荘厳するなどの様々な記念事業をなされました。その後も、平成13年には2階建ての法華講事務所が新設され、45周年となる同15年には玄関側の第一駐車場の舗装工事、第2駐車場整備に加え、寺号を刻んだ石柱や石灯籠が設置されるなど、常に僧俗一体のもとに寺域の拡充と荘厳と整備が図られながら、今日に至っています。
現在、興徳寺には市内を中心とする周辺町村に志深き法華講員が所属しています。常に感謝の念をもって信徒一人ひとりを大事にする温厚篤実な・英邁にして、卓越した指導力を実行される御住職のもと、僧俗の堅い絆で築かれた麗しい信頼関係を原動力に、地域広布実現に向けて日々邁進しています。
